2007年5月1日(火)、フリードリッヒスハーフェン市駅前のゼーホテルから7時半にベンツ・ワゴンのタクシーで飛行船乗り場に向かった。飛行船乗り場は街の東北外れにあるフリードリッヒスハーフェン空港の北に隣接していた。アルマンシュヴァイラーというところで、戦前「LZ127:グラーフ・ツェッペリン」や「LZ129:ヒンデンブルク」の発着していたレーヴェンタールと隣接している。
10分ほどで着いた。DZRの幟を立てた白いテント張りが遠くからよく見えた。タクシーを降りると運転手が何時に帰るのかと訊いてきた。何時になるか判らぬと言うと、電話番号の大きく印刷されたカードを渡し、ここに電話して自分の名前を言ってくれればすぐに迎えに来るという。この人口5、6万の街では、観光シーズンのピーク以外は仕事がないのかも知れない。
DZR (Deutsche Zeppelin-Reederei GmbH, Friedrichshafen) という社名は、DELAGがルフトハンザの傘下に入りフランクフルトで名乗ったDZRと同じであるのが面白い。ツェッペリンNTを開発した Zeppelin Luftschifftechnik 社の大きな格納庫の前に飛行船乗船受付のあるテントがあった。正面入り口には DEUTSCHE ZEPPELIN REEDEREI と大きく社名が掲げられており、その下に ZEPPELIN LOUNGE (Cafe Bistro Bar) と遠慮げに表示されていた。
右手には軽飲食のカウンタがあり、従業員が営業の準備作業をはじめていた。フィールド側にオープンテラスがあり、パラソル付きのテーブルが幾つかある。乗船する人につきあってきて、ここで待つ人のために用意されたのかも知れない。そこから飛行船発着場と仕切りなしに続いている空港が見える。滑走路の向こうには単発機や双発機が何機も駐機されていたが、その中に小型飛行艇を見つけた。当然ながら水陸両用である。
後を向くと通りの向かいには見本市会場メッセ・フリードリッヒスハーフェンの大きなホールが並んでいる。我々が訪ねたときは「チューニング・ワールド」という自動車チューニングの国際展示会が開催されていた。前日の午後、ここを見ているときに連絡があり、この日の第一便に乗れることになったのである。街中にマロニエの花が咲き、もうすっかり初夏であった。
受付開始はフライトの1時間前と聞いていたのでテントに入ってみた。待合室には木製のテーブルが幾つか用意されており、壁にはツェッペリン・イベントの写真やポスターが掲示されていた。受付カウンタの脇には小さなショウケースがあり、絵はがきセット・キーホルダー・ピンバッジなど公式グッズも展示されていた。今年はマイナウ島観光年らしく、島の観光ポスターも貼ってあった。
今日の第一便の乗客は中年夫妻、初老の独り者、両手に杖をついた老婦人を連れた家族などであったが、我々以外は地元のドイツ人らしく見えた。
紺の制服の従業員が準備をしていたが、やがて時間になり受付が開始された。我々は予約確認書を持ってカウンタで手続きを済ませて搭乗券を受け取った。貴方の搭乗券と印刷されたカバーがついており、民間航空のチケットより立派である。表紙裏にはドイツ語で契約内容が印刷されており、危険物持込についての注意書きもある。搭乗券には乗客氏名、乗船日、乗下船地、乗下船予定時刻、フライトナンバー、乗客コード、乗船料金、発券番号が印字されている。
搭乗券を受け取って、ツェッペリン・ラウンジの周りを歩いてみたが、まだまだ営業開始までには時間があるようであった。ラウンジや待合室をうろうろしていると我々2人だけ別室に呼ばれた。何事かと思いながらついて行くと、乗降の手順や安全についての説明を英語でしてくれた。乗客全員にあとで説明するけれども、そのときはドイツ語で行うから聞き流しておけばよいと説明してくれた。
説明内容は、航空機共通の話と飛行船特有の注意事項であった。共通事項としては、出入り口や非常口の配置、ライフジャケットの収納場所と着用要領、それに非常口のロック解除要領などである。この飛行船には非常用の酸素マスクはついていない。
飛行船特有の注意事項は興味があった。まず、飛行船は繋留マストに繋がれており風によってスイングするから現場で掛員の指示があったら写真を撮ったりしないで速やかに乗船するよう、ピンで留められた飛行船の平面模型を示しながら説明していた。また、現場では2列縦隊に並んで待機し、指示があったら2人ずつ手早く乗船するように指示された。
この旅行に出発する前に、その辺りのことを調べていると、1人ずつ体重を申告してそれに見合うバラスト水を放出するとか、看貫にのせてその体重により座席を指定されるとか面白そうであったが特にそんな説明はなかった。
それからしばらくして搭乗ゲートが開かれ、1人ずつ名前を呼ばれて鍵束やガスライターを提出させられ、ホールドアップさせられて手持ちの金属探知機で入念にチェックを受けてロビーに入った。今回の乗客は11名であった。
搭乗者全員が揃うと、先ほど英語で説明を聞いた内容をドイツ語で説明し、和やかに質疑も交わされた。全員納得したところで専用ドアから屋外に出て、待機していたマイクロバスで飛行船の傍まで案内されたが、乗り込む際に誘導員が「ここは空けておいて下さい」と両手杖の老婦人の席を確保していた。
バスを降りると飛行船には2名の乗組員が乗っており、既にライカミングの200馬力エンジンは起動していたが、イヤプロテクタも不要で通常に会話が出来る。グランドクルーは搭乗待機線に1人、ゴンドラの搭乗口の前に1人居り、船長とトランシーバーで連絡をとりつつ誘導していた。ウェイオフにはもっと手順を踏む必要があると思っていたが誠にあっけない。座席は自由席で皆、流れるように順調に着席していた。我々は最後に乗船したが、私は船長席の背中合わせに1人だけ後ろ向きに着席した。向かい合わせは同行のSであり、何かと都合がよい。結局、コパイ席のうしろの席だけが空席となった。
コパイ席に乗っていたのはフライトアテンダントのLさんであった。乗客11人の安全ベルトを確認すると、既に飛行船は空中に浮いていた。