インメンシュタットを過ぎたあたりから、飛行船は針路を西南西にとって湖面上に出た。ボーデン湖を斜めに渡ってスイス側に向かうのである。湖面上に航跡を残して白い連絡船が東に向かっていた。傾斜も揺れもなく静かな飛行船遊覧は実に快適である。10分もしないうちにスイス側の湖岸に近付いた。クロイツリンゲンの東郊である。
クロイツリンゲンはドイツ側のコンスタンツと隣接しており、国境に制服を着た掛員はいるがパスポートも提示を求められたり、そのままフリーパスで通過させることもあるようである。今回我々がスイスからドイツに入るときも一時停車しただけでそのまま通過した。そのとき聞いた話によるとスイスは物価が高いのでドイツに買い物に来るということであった。スイスの通貨はスイスフランである。
ツェッペリンNTは右に転舵し、コンスタンツ上空に来た。ライン川はここから西に下り、シャフハウゼンでラインの滝になって北に向かい北海に注ぐ。パイロットの肩越しにコンスタンツの街に流れ込むライン川が見えてきた。ちょうど連絡船が下っていたが意外に小さな流れである。
その川口の南側にシュタイゲンベルガー・インゼル・ホテルが建っているのが見える。その周囲に掘り割りが巡らされ、本土と離れているのでインゼル(島)ホテルと呼ばれている。ここは13世紀に建てられたドミニカ修道院であったが、ツェッペリン伯爵家に買い取られその屋敷として使われていた。硬式飛行船の発明者であるフェルディナンド・フォン・ツェッペリン伯爵の生まれた館である。
その南はコンスタンツ中央駅で、赤や白に塗られた観光列車が出入りしているのが見える。離陸してほぼ20分経過していた。ボーデン湖畔で一番大きい街の上空でゆっくり北に変針して、花と熱帯植物の島マイナウに向かった。大きく切り開けられた右舷窓のヒンジ部を開けると爽やかな風が入ってくるが、その近くにちょっと気むずかしげな親爺が頑張っていたので、カメラを出して2駒ほど撮ったらすぐ閉めるようにしていた。
飛行船はユーバーリンガーゼーに沿ってマイナウ島に向かっている。ユーバーリンガーゼーというのはボーデン湖の北西部分で、北岸のなかほどにユーバーリンゲンの街があるのでつけられた名前である。今年はマイナウ島の観光年らしい。途中の葡萄畑に影を落としながらボーダンリュック半島に沿って進むと2、3分でマイナウ島が見えてきた。
島といっても橋が架かっているので歩いてわたれる島である。この島は中世からドイツ騎士団が所有していたものを19世紀にバーデン公フリードリッヒ1世が購入し、オレンジやバナナなどを植えて亜熱帯植物の島にしたものである。現在はその曾孫にあたる人が花を植えて整備し、入場料をとって一般に開放している。上空から見ると大温室が3階建ての館より高く聳えていた。
飛行船はゆっくりとこの島を一周した。館は島の東に湖に面して建てられており、その近くには専用の繋船ピアが2本設けられている。館の背景になる島の中央は樹の茂った高台になっており、その向こうは農園である。朝の9時過ぎに散策する人影が見えた。