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陸を越え、海を越え

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Hugo Eckener著 "Im Luftschiff über Länder und Meere"(続き)

世界周航(5)

モスクワの住人たちが屋根の上で空しく飛行船を持ち続けているあいだ、飛行船は北東に向けて前進を続けていた。進行して行くうちに、北ヨーロッパを覆う低気圧域の影響をますます受けるようになり、強い南西の風に助けられて進行が捗った。エンジンは4基だけを使いスロットルを絞って運転していたが、それでも対地速度で毎時109kmは出ていた。これは燃料節約に有効であった。

ほぼレニングラードに近い緯度まで北上し、ボログダの町に到達した。ここで初めて進行方向を東に変えて、ウラル山脈の麓にあるペルミに向かった。そこで低いところを見つけて山脈を乗り切るのである。

平均高度600~700mで飛行し、この国の素晴らしい眺めを楽しんだ。初めての経験であり、特にこの北緯では真の暗闇は2~3時間しかないことが印象に残った。

際限もないだだっ広い空間、膨大な広さの森林や原野、境界を越えるとまもなく考えられないほど疎らに村や農家が点在していた。中央ロシア、東ロシアと進むにつれてますます疎らになっていった。何キロも続く限りない森や、小さな川の畔の静かで長閑な小さな村が如何にも寂しげに孤立しているのが見えた。眼の下に見える古くから続く自給自足の孤立したこれらの人々の平穏を、これまで自分達以外の誰が妨げただろうかと考えてみた。「ツァーの国土は広く、天は高い!」このロシアの格言は言葉通りの意味であった。しかし、それは過ぎ去った昔と、その頃の人にだけ当てはまる。今日では誰でもラジオや電報が簡単に使え、どんな奥地の森林や僻地でさえ資源の流通が容易になって来ている。

真夜中過ぎ、ペルミの少し北でウラル山脈に到達し、ゆっくりと高度1000mまで昇った。目の前に広がった山脈は、孤立した高台が目立つだけのゆるやかにうねる丘のような平坦で広大な森であった。

しかし、それが長距離にわたって濃い煙に覆われているのを見て驚いた。大きな山火事を何十とあわせたような森林火災であった。非常に濃い煙の中を半時間航行したが、前も後も30m先も見ることが出来なかった。

これはよくある普通の出来事だと聞かされた。木樵、猟師、あらゆる種類の放浪者が焚き火の不注意で起こす火災は、真夏の乾燥期を通じて頻発するということであった。ウラル山脈を越えているとき、長さも幅も100mを越える広い領域が濃い煙に覆われているのが見えた。煙から抜け出してヨーロッパとアジアの境界にいることを実感した。エカテリンブルクの北、約50kmで、シベリア鉄道の起点である。

ベルリンからおよそ3000km飛行してきたが、エンジン出力を絞って21時間飛び続けている。おかげで燃料に余裕が出来た。

風は西から吹いていたが、この好都合な気流に委ねて北東に向かうコースを進んだ。単調で、道も木もない荒涼とした原野を眼下にみながら北東に向かい、はっきりと位置の確認できるイルティッシュ川とオビ川の合流点を目指して航行した。恐ろしいほど荒涼とした景色はさらに寂しくなり、徐々に「タイガ」と呼ばれるオビ川の両側に無限に広がる湿地帯に変わっていった。おそらく今までに誰も見たことのない、何処までも続く非常に荒廃した土地は、冬は雪と氷に覆われ、夏にも近付くことの出来ない湿地が際限もなく広がっていた。

飛行船は、この広漠とした地帯を高度300mで進んだ。イルティッシュ川とオビ川を渡った真夜中、オビ川とエニセイ川のあいだの無限に続く湿地と森林の広がる地域で北東に向かうコースに沿っていたが、エニセイ川に注ぐ低ツングースカ流入点と呼ばれる地点に向けて北東に進んだ。

我々の意図は、ヤクーツクの方向にあるツングースカのコースを辿ることであった。何故かならば南寄りのコースでは高地に向かうからである。その上北寄りのコースはオホーツク海に最も近かった。

オビ川とエニセイ川のあいだの、単調で人跡未踏の何処まで行っても地表の見えない原野の上空を、暗闇で正確に操舵することは極めて難しかった。それで夜明けにエニセイの広い川裾に着いたとき、インバツクの小さな船着き場が何処にあるか判らず、北も南も見渡したが、見つけることはできなかった。

しばらく考えた後、北に向かって探すことにした。風は夜通し吹いていたので、もしかしたら少し南に流されたかも知れないと思ったからである。川の本流上で北に進み15分もしないうちに前方にその場所を見つけた。おそらく25か30戸くらいの掘っ建て小屋の小さな集落であったが、その集落をよく知っていた。エニセイ川下流域にある唯一の測候所なのである。インバツクには我々が到着したときは25戸の小屋があったが、飛行船が去った後23戸に減っていた。飛行船が上空を飛んでいるとき、次のようなドラマが演じられたからである。

飛行船がそこに行ったことは、彼らにとって予想もできない驚きであった。シベリアの計り知れない原野のなかにあるこの小さな点のような集落を目指して、飛行船がまっすぐ飛来すると誰が想像するであろうか?たとえ、低ツングースカ渓谷から幾ら正確な位置を航行したとしても・・・。

川の上流から低高度で近づいて、向きを変えて突然建屋の上に来た。小屋の戸も窓も開いていて、聞いたこともない空から聞こえる爆音の音源を見ようと頭を突き出したが、殆どの頭はすぐ引っ込んだ。巨大な天空の戦車の姿に恐れおののいたためであった。

重い荷を積んだ2輪車が1台、小さな小屋のあいだの狭い道をのろのろ進み、馬車曳きは物憂げに背中の袋に寄りかかっていた。突然、彼は直立し、頭上に迫った怪物を見て跳び上がり、傍の小屋に逃げ込んだ。荷車を曳いていた馬も驚いて、荷車を曳いたまま怯えて走り出した。次の角で突然、側道に向きを変え古い小屋を突き壊し、その隣も壊してしまったのである。

次に何が起こるか判らなかったが、何だか気になった。我々は互いに、冗談のように「この平和な村に与えた損害に、沢山の金を賠償しなければならない」と言い合った。

小さな冒険は非常に興味深かった。簡素な環境に住む原始的な人々が巨大な飛行船を見てパニックに陥り、恐れおののく状況を見て、以前に経験したことを思い出していた。

迷信はこんな風にして広まるのかも知れない。

世界周航(6)

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