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大型旅客用飛行船の黄金時代(20)

LZ127PC004A

Harold G.Dick with D.H.Robinson著 "Graf Zepperin & Hindenburg"

「グラーフ・ツェッペリン」と「ヒンデンブルク」
大型旅客用飛行船の黄金時代


第7章: 渡洋飛行の船上業務(3)

「グラーフ・ツェッペリン」は1934年6月18日、ペルナンブコからフリードリッヒスハーフェンに向かう途中、赤道無風帯から抜けるときに、このような向かい風に遭った。私がはじめて乗船した南米飛行のときのことである。全く雲のない状態だったので、大気不安定の兆候はなかったが、飛行船が向かい風になり始めると突風の増加が感じられた。

すでに操船可能の段階を越えていた。おそらく飛行船はそのとき1トンは軽くなったに違いない。向かい風に突入すると、飛行船は最初 船首を持ち上げ、1分間に400フィートで上昇し始めた。約10秒ほどでそれが終わると、下向きになり1分400フィートの割合で降下しはじめた。このときの高度は650フィートであった。

この短い時間に気温は華氏70度から84度に、湿度は70%から50%に、風力は北北東2~4MPHから北東20MPH(57度相当)に変動している。飛行船が8度から10度にピッチングしているあいだ、上昇舵角は10度にとられた。飛行船は、その間も風の中で揺れていた。

風速、風向の緊急チェックが行われたあと、より良い条件を探すために高度が上げられた。
そのときの観測結果は次の通りである。

高度(ft)気温(F)ガス温(F)相対湿度風向風力
 650847750%ENE29MPH
 985847647%  
1310827544%  
1640847542%EbyS24.5MPH
1970837440%  
2300847438%  
2625807238%  
2950796938%SE17.9MPH
3280796938%  
3609786838%  
3937776836%  
4265756835%  
4593746735%  
4922726635%SEbyS17.9MPH
5250716634.5%  

上昇率は1分間あたり圧力高度220フィートである。

ガス嚢は4593フィートで、12番・13番・14番・15番・16番が100%になり、4790フィートで、1番・2番・3番が100%になった。

南南東の風が比較的マシであったので、飛行船は4922フィートまで降りて針路に沿って飛び続けた。暴風は南米沿岸では稀であり、通常ペルナンブコとバイアの間で遭遇した。南からの冷たい風が吹き、それに伴う気温変化が乱流を引き起こすために生じた。これらの暴風は危険と分類されるほどではなかったが、海から50マイルまでは広がらず、飛行船の航路は容易に変更された。

航路を変えるときは常に海に向けられた。常套手段は暴風のまわりを通り、その特性を調べて、開口部があればそこから外に出ることであった。可能な限りの天気図が作成された。「グラーフ・ツェッペリン」は天気図を頼りに飛んでいたと言える。

もし、ローヌ渓谷の状態が非常に悪ければ出発が遅らされたが、これは基本的にフランスから押しつけられた制約であった。ローヌ渓谷が完全に霧で覆われるか、強い向かい風か、渓谷一帯が暴風のときは出発が延期された。12マイルの通行幅は過酷な気象条件での操船には不十分であった。

「グラーフ・ツェッペリン」の船上で得られた気象報告は、特別な気象環境の場合、当直士官に予め警戒指示が出されていた。通常ここでの概略の気象条件に基づいて、そのときの天候を判断して針路はしかるべく変更された。

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