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「グラーフ・ツェッペリン」で世界周航

LZ127@hanger

第一区間

出発時の混雑

8月15日。朝、4時。黎明。
まだ夜明け前の通りを、数千の人が格納庫に向かっている。自動車、オートバイに乗る者、自転車で行く者がいる。工場への入り口は黒山の人だかりである。何と、門衛所に、昨日格納庫を訪ねた際に見た、あの一風変わったシュヴァーベン人がまだ立っている。彼は24時間、この場所から動かなかったのであろうか?
自動車の丸い前照灯の光の中で、私には彼が幻燈器のかげのように見えた。彼は緑色のローデンの服に身を包み、束ねた髪で頭がとがっており、襟元は高い白の立ち襟で、身体には胴乱をつけていた。そして、門衛所の窓を見上げて、通してくれと懇願しているのである。彼は今日、どうやって門衛に頼むのであろうか。
彼は昨日、次のように説明していた。彼はただ、16マルクの手紙を航空郵便に依頼するのだという。それで中に入れて貰うことが出来る筈だと言っていた。
しかし、門衛は今夜も首を横に振り、男は限りなく悲しそうに、そのとがった細い鼻を下に向けていた。
我々の車がゆっくり、彼の傍を通り過ぎた。
私は「やあ!」と大声を上げて手を伸ばし、私の入場券を差し出した。男はとっさに頭を上げた。暗い車の中から差し出された腕しか見えなかったのである。
彼の顔は自動車のライトに照らされて、驚きのあまり硬直し、喜びに輝いた。彼はおそらく、空から降りてきた手が差し出され、個人的に出航への積み込みが届けられたのだと思ったのであろう。
それから、格納庫から照射される丸い、にぶく光る青みを帯びた照明が、著名な舞台演出家マックル・ラインハルトの演出したように新しい奇跡を出現させていた。
投光器の薄く長い帯が、地上にいる数千の人の上を走査した。入場券を持ってきた者は格納庫の後から中に押し寄せた。飛行船の船体に連なる、奇妙に照らされた、力強く輝く鳥の尾羽のような光景の前で、誰もが何度もぶつかり合っていた。
そこに、無数の小さな電球が点され、暗いエンジンゴンドラは空中高いところを揺れ動き、回転するプロペラの音は、海に砕け散る波のような熱狂とともにあたりを満たした。
乗客用ゴンドラでは乗船する者の名前が読み上げられた。ドイツ人、フランス人、イギリス人、アメリカ人の名前であった。

フォン・シラー船長が私の名前を呼んだ。私は、2着のコートと赤いセーター、双眼鏡、書類鞄と8片のチョコレートを持って、なおツェッペリンを眺めていた。シラー船長は笑って、私の肩を叩いた。彼は、私がどういう男か判っていた。ちなみに、彼はすべてを仕切っていた。キャビンの割当、乗船券の発行を行い、きわめて単純な質問にも目を輝かせながら答え、常に楽しそうで、愛するツェッペリンのためならば、どんな助言にも尻込みすることはなかった。

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