LZ127Profile

「グラーフ・ツェッペリン」で世界周航

Hay

第二、第三区間

太平洋上航行

男たちの飛行船でただ一人の女史

「静かな海」、そう呼ぶと、あまりに穏やかすぎる。
むしろ「孤独な、気味の悪い、神に見放されたような」と呼ばねばならないだろう。
我々は一日中、何も見なかった。窓の外には何も見えず、繰り返しいつまでも続く同じように何の変化もない風景のなかでさざ波ひとつない海面が見えているだけであった。絶えず、濃く黄色い海藻の長い房が、球状のかたまりや互いに絡まった沢山の束のように漂っていた。海水は何も色を示していなかった。
それは灰色としか言いようがなかった。霧のために水面に空を映すこともなかった。ただ、ときおり霧が晴れたときには、水は巨大な樽から青く大きくきらきら光る塗料をぶちまけたように広がった。
わくわくする話題と言えば気象通報のみであった。会話は気晴らしであった。最初の24時間、同乗者は疲れに襲われた。
日本寄航というとても強烈な出来事のあと、一息入れる必要を感じていた。
タイプライターのカタカタ言う音が、しんとした空気のなかに響いた。

船上で最も仕事熱心なドラモンド=ヘイ女史ですら、短い電文を打つのみであった。この機会に、彼女について二言三言書いておきたい。
まぎれもなく男性だけの船に女性が一人で乗船するのは、容易なことではない。

そういう女性はスポーツ精神を持ち合わせていなければならない。
船室後方にある小部屋「婦人用洗面所」で、二人の体格の良い半裸の男たちが立って髭を剃るのを、睫毛をぴくぴくさせずに我慢しなければならない。
そして、先のとがったフードのついた花模様のナイトガウンに身を包み、化粧箱と石鹸と歯ブラシを持ったまま、また部屋に戻って洗面所が空くのを忍耐強く待たねばならぬ。

ヘイ女史は、一度も人を不快な気持ちにさせる表情を見せたことはなかった。彼女は乗船者仲間に、必要以上の丁寧な表現や特別な配慮を求めることはなかったが、それでいて女性としてありつづけた。

のみならず、称賛すべき熱心さと驚くべき精神力を備えていた。間違いなく彼女が最も多く電報を発信し、電報も送信した。

朝食の際、北米、南米の人達はセンセーショナルな話題を執拗に求めた。

スチュワードが新しい料理を持ってきたとき、エッケナー船長が日本の鶏でちょっと胃痛を感じたとき、短時間突風が襲ったときなど、ヘイ女史はそのことを読者レベルにあわせて内容豊富な記事に仕上げた。
私はしばしば静かに彼女を眺めていた。
そうして彼女を見ていると、いつも見とれてしまったが、彼女はいつも身なりを整えて座り、いつもきちんと整理整頓して、根気よく書き続けていた。

一段落して、ちょうど近くの窓に立っている人がいると、彼女は何か楽しげに言葉を掛けた。

無線電報でロンドンにいる彼女の両親がレークハーストに迎えに来ると知らせを受けたとき、彼女は興奮して船内のそこら中を走り、誰彼なくそのことを話し、喜び、当然ながらまさに天真爛漫としていた。

彼女は何もコケティッシュな振る舞いはせず、目立ちたがるわけでもなく、それで我々には仲間として適切な程度の礼儀で友好的に振る舞った。会食ではいつも中心人物であった。大きな洗面所に彼女が現れると、華奢で細い彼女を中心に井戸端会議のような空気になった。
そのとき盛装に身を包んだ彼女は、その優しく細い声で短いスピーチを行った。

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