LZ127Profile

「グラーフ・ツェッペリン」で世界周航

KurgartenHotel1

第一区間

フリードリッヒスハーフェン・ベルリン・ケーニヒスベルク・ヴォログダ・シベリア・東京
101時間49分、11744キロメートル

私の手帳から
出発前
前夜

8月14日。夜中の1時である。寝台で横になっている。
湖側の窓は広く開いている。ホテルからはダンス音楽が聞こえてくる。
それは木々のざわめきと混じり合い、星は火花の雨のように天空に散らばっていた。
時折、階下からはっきり聞き取れない話し声が聞こえてくる。
砂利を踏む足音が聞こえてくる。それは静かに足を引きずるような音である。
小柄な日本人が、さらに小柄な妻と僅かな時間の宵の散歩をしているのである。
窓から見る必要はなかった。二人は私の目の前に見えた。
青と白の縞の和服で、小さな下駄に雪のように白い足袋を穿いている。
彼女はとても小柄で、挨拶の際にかばんの中に入ってしまうのではないかと心配になるほどであった。
男の方は、下を向いて彼女の横を歩いていた。彼女は夫を見上げる。その黒髪は何物にも譬えられないほどであった。
一重の黒い目は、白く塗られた顔の表面で落ち込んでいるように見えた。
私は彼らを見届けずにはいられなかった。それに、寝転がっても何もすることがない。だが、出発までの数時間、私は眠った。

外は、湖から強い風が吹き寄せていた。階下ではグラモフォンがうるさく鳴っていた。ダンスをしている人達の笑い声が響いていた。降りて行きたい気分に誘われる。だが、人間にとって、時折独りになるなることはとても大切なことだ。せめて一度自分自身に手を押し当てて、他人には聞く必要がない、自分自身の耳に聞こえてくるささやきを聞くのだ。そうしていると、幸福な気分が背中に沿って伝わるのだ。

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