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文献調査の楽しみ

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飛行船に関する著書は国内にもある。それなのになぜ古い原典を探すかと言えば少しでも当時の事実を知りたいからである。

それぞれの著書は、その著者なりに調べて書いているのであるが、場所や日時など同じであるべき記述内容に齟齬の生じてるところが少なくない。

嘗て、作家吉村 昭氏がTVのインタビューで、調査は必ず複数の情報源に寄っていると話していたときに、当事者でも事実を間違えて覚え、信じていることもあると言っていた。

裁判でも無実の容疑者が取調官から繰り返し聞かされることで自分が罪を犯したと信じたり、逆に真犯人が弁護士からしつこくやっていないと告げられて自分の無実(?)を信じたりすることもあるというやりきれない話も聞く。

今日も、ツェッペリン研究家として高名なある教授の著書で、哲学者であり経済学者のフーゴー・エッケナー博士が、ツェッペリン伯爵の最初の飛行船「LZ1」の飛行を見てフランクフルト新聞にレポートしたのは1900年7月2日の第1回飛行のときであったと書いてあったのを見た。

エッケナー博士の著書にも載っている通り、10月17日に行われた第2回飛行の間違いである。その著者は、エッケナー博士が「LZ1」の飛翔を見て新聞にレポートし、それを見て伯爵と討論を行って、それが縁で協力者になり後継者になったことが重要で、実際に飛翔実験を見たのが7月2日であったのか10月17日であったかはどうでもよく、大したことではないと思っていたのかも知れない。

何が真実で、何が事実であるかは難しい。

以前から疑問に思っていたことが何かのきっかけで確認できたり、判らなかったことが載っている文献を見付けるのは大きな喜びである。
一方で、参考資料や文献が増えると記載内容に不一致や矛盾が生じることがある。

文献調査で気をつけなければならないことはその本の主人公や、時の政府などの都合で事実が隠されたり、改変されることが少なくないことである。

右寄り、左寄りに拘わらず、独裁政権や一握りの権力者で運営されている全体主義体制にはこの傾向が強いと思う。

私はいまの我が国のあり方を、時に嘆かわしく思うこともあるが、政府や政治家、官公庁を手酷く批判してもそのことで逮捕されたり罪を問われたりすることのないことは良いことなのであろうと思う今日この頃である。
それにしても政府、社会保険庁、防衛省をはじめ、各方面にはしっかりして貰わねばならぬ。

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