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陸を越え、海を越え

AtlantischerOzean

Hugo Eckener著 "Im Luftschiff über Länder und Meere"(続き)

ZRⅢ(ロサンゼルス)の飛行(4)

我々は航法を、教科書に書いてあるものから実際に使えるように具体化した。大洋の上を安全で正確に航行するためには、航海用語で言う「海流の合成」を正確に推定出来なければならない。

海流の合成を知るには羅針盤を用いる。気流は洋上船舶にとって潮の流れにあたるものであるが、潮流より気流のほうが速い。如何にして風力と風向を推定すれば良いのだろう?

これは常に、場所と時間によって短い間隔で変動する。当時我々はアセチレンを入れた煙爆弾を用いた。飛行船から落とすと煙と炎を吹き出しながら水面に落下する。そのときの軌跡を見るとどの方向にどのくらい飛行船が流されているか容易に知ることが出来る。しかし、洋上で飛行船の速度を知るにはドリフト角だけでなく風向と風力を知る必要があり、全く別々に風向と風力が求まればドリフト角が求められる。

従って、ドリフト角を測定して「風を判定」することが必要になり、2方向に舵を切ってその後海図上にそれをプロットすれば風力と風向が求まる。これによって望む航路と対地速度が海図上に描くことが出来る。我々はこの単純な方法を随分前に習得したが、今回それを実際に適用することになった。ドリフト測定の正確さと、目指す目的地に到達する確実で充分信頼できる方法を確認することが出来た。詳細に立ち入る必要はない。我々の航法が洋上数千キロ先の目的地まで、安全でスケジュール通り信頼して航行できることが判れば充分である。

一例を挙げると、一度マデイラからレシフェまで、ベルデ岬諸島を通らずに飛んだことがあったが、離陸して25時間後に1人の乗客に訊かれて「半時間以内に、フェルナンド・デ・ノロニャ島が左舷に見えるでしょう。」と答えた。20分後に、本当に島の頂部が水平線上の言ったとおりの位置に現れたのである。

今日では煙爆弾による航法は廃れてしまい、一部ではドリフトと速度が直接読み取れる素晴らしい望遠鏡観測や、非常に高度に改良されたシステムである無線方向探知機や、パイロットに自船位置を示す信号も使われている。

しかし当時は、我々の考案した複雑な方法で満足するしかなく、それに拠っていた。それで、誇りと、航空機で大海を渡る冒険家としての挑戦に見合う達成感の入り交じった気持ちで、暗い海に飛び出していたのである。

天候は快晴であった。ときおり軽い追い風が飛行船を押し、時にはちょっと遅らせたりしていたがこの追い風は総じて弱く、我々は速度を落として燃料を節約した。

次の日の正午過ぎ、アゾレス諸島のサンミゲル島が見えてきた。この飛行で約32時間飛行し、フリードリッヒスハーフェンからニューヨークまでの距離をおよそ半分来たことになり、この先もまっすぐ飛び続けることになっている。既に3400キロ飛んでおり、残り3800キロを飛ぶ続けるわけである。燃料はすべてのエンジンに50時間以上供給できるだけ残っていた。

このように非常に楽観的な気分で、下に広がる美しい景色を楽しんでいた。大海の大部分を覆う低く立ちこめる雲が天井のように広がっていたが、その上に昇ると高さ2300mの巨大な、島の名前と同じピコ山頂上の壮麗な輝きが滑空する我々の横に姿を見せていた。異常な光景であった。この奇妙な山の島は果てしなく広がる霧の海に浮かんでいた。

やがて霧は遠くに消えて行き、また下に海面が見えるようになった。しかし、それもつかの間のことであった。見る間に西風が吹き始め、それが強いために前方には白波が立っていた。

さらにひどくなり、風力計測によれば時速35キロの南西の風であった。日没時にはさらに強まり時速50キロに達した。これでは飛行船の前進速度が半分、向かい風に食われていることになる。洋上で、僅か時速50キロで飛んでおり、この速度ではニューヨークまで70時間も掛かってしまう。

当然、これほど持続する風はアメリカ沿岸まで全く予想していなかった。多少の強弱はあったが、さらに勢いを増してきた。

ZRⅢ(ロサンゼルス)の飛行(5)

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